2007年11月23日 (金)

勤労感謝の日

今日は勤労感謝の日です。毎日元気に仕事させてもらっている事に感謝。いつも一生懸命働いてくれるスタッフに感謝。来てくださる患者さんたちに感謝。

海外で一人頑張って働いてくれている夫に感謝。

手抜き家事に耐えてくれている子ども達に感謝。

1年に1日でも感謝することを忘れない日にするといいかも。

主婦のみなさんも主婦業という勤労に是非感謝してください。

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2007年11月 7日 (水)

道徳観念

人により持っているものさしが違うな~~、と更に思うのは、この道徳観である。保育料金未納や給食費未納の記事を見ると親の道徳観念がこれでは、子どもはどのように育つのだろうか?と思う。実際経済的に困窮して払えない人は仕方ないと思うが、高級車を乗り回し、明らかに払えるのに払わない人の神経はどうなっているのだろう、と思う。

車を走らせていて、一番頭にくるのはタバコの吸殻のポイ捨てである。信号待ちの前の車がポイ捨てしたら、車から降りて吸殻を拾い、「落ちましたよ、あなたの落し物でしょう?」と、今捨てられた窓から吸殻を投げ込みたくなる衝動に駆られる。自分の車の灰皿を灰や吸殻で汚したくない人にタバコを吸う資格はない。窓からゴミを捨てて平気で走り去る、子どもを乗せた車にもよく出会う。子どもは親の姿をどのように見ているのだろうか?

ひとりひとりがそれぞれに持っている常識のものさし。これが、微妙である。常識と思っていたことが、ある人にとっては常識ではない。非常識のものさしも個々に微妙に異なる。

道徳観念が異なると深く付き合っていけないな、と思う。だから、夫婦の道徳観は似通っていることが多いと思う。そうじゃないと一緒に暮らしてはいけない。

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価値観

人により価値観は異なる。あたりまえのことだ。何を優先するか、何を大事にするか、何が心地よいのか、何がうれしいのか。

価値観が異なる人と突き詰めて話をしていくと、やがて平行線をたどる。理解し得ない部分になる。だから、恋人や夫婦や家族は価値観が似通っていると一緒にいてもストレスを感じにくい。逆だと大変疲れる。ことごとく相手を批判するようになってしまう。

自分にとってはこれがいいだろう、と思っても価値観が異なる人は喜ばない。本当に難しい。

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2007年11月 3日 (土)

ジンバブエの子どもの記事

11月3日の朝日新聞国際ページにジンバブエの子どもたちが小学校で給食のおかゆを食べる写真入りの記事が掲載された。「給食だけで腹満たす」と大きなタイトルの付いた記事には、とうもろこし粉、大豆粉、砂糖、ピーナツオイルを混ぜたおかゆを地面に座って各自の容器から食べている写真が載っている。児童の半数は1日の食事がこの給食だけなのだという教師の言葉。多くの子が食べずに家に持ち帰り、弟妹と分けるという。

毎日家でも学校でも食べきれないほどの食事をもてあましている日本の子ども達。レストランや食べ放題や、賞味期限切れで捨てられていく食材たち。日本の食の実態を知ったらジンバブエの子ども達はどんな顔をするだろう?

毎月2万5千円、冬期講習や夏期講習には10万円単位でかかる塾代。時々、自分の子どもにかける教育費を世界の学びたいのに学校に行けない子どもに送ってあげた方がいいのではないかと思うことがある。2万も3万もする子供用のゲームを買うより、世界の子ども達にしてあげる事の方が大事かもしれないと思う。日本で暮らしていると本当に何でもあたりまえになってしまい、感謝の念がわきにくい。子どもの教育のためには、恵まれすぎない環境を与えてあげることも大切かもしれない。

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2007年10月26日 (金)

もう1年が***

つい最近年賀状を書いたような気がする。それなのに、もう10月が終わりを告げようとしている。ここ数年の時の経つ早さと言ったらとんでもないくらい早い。つまり、歳をとったということなのだろう。人は自分の生きてきた長さと比較して時を計る、とすれば、歳をとるにつれ1日を短く感じ、1年も短く感じるということなのだろう。色々なことがありすぎたここ3年位は1年がたつのがあっという間なのに、3年前の出来事はもう10年も前の事のように感じるのは何故なんだろう。

赤ちゃんは生まれてからの時間がすべてだから、1日をとても長く感じていると思う。子どもの頃は1日がとても長く感じられた。だから、生まれてからたった1日でも新生児室に収容されると、母子分離不安からよく泣くようになる。赤ちゃんの気持ちになってみるとよくわかる。今まで一心同体だったママの声も気配も感じられない、泣いて呼んでも応えてくれない、なんて長い1日なんだろう。子どもの頃母親がいない数時間がとても不安で長く感じられたことを思い起こせば、本当によくわかる。時間は相対的なもので、一人一人感じる長さは違うんだ。もっと歳をとると、1日が長く感じられる時も訪れるのだろうか?

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2007年10月11日 (木)

日本ではあたりまえのこと

主人が出張で上海から日本に来ている。おとつい鳥取に着いたらしいが、感動してメールしてきた。やっぱり日本はいいね、水がきれいだし、ごはんがおいしいよ***って。

日本に暮らしていると水道からきれいな水が出てきてあたりまえになってしまう。すごいことに、飲める水で洗濯し、トイレを流し、飲める水で入浴する。世界中の子どもの中で水が透明だと認識しているのは、日本を含め先進国のごく一部の子どもに過ぎないという。

発展途上国の赤ちゃんを救うために、粉ミルクを送ったところ、たくさんの赤ちゃんが下痢症で亡くなったことがある。日本のように上水道の完備していない国で水で溶かしてミルクを作り、飲ませるということがどんなに危険なことか。現代の上海ですら水道水は茶色くにごった水で、とても飲めた物ではない。

災害が発生すると、ライフラインが途絶える。清潔な水を手に入れることは難しくなる。だから、災害時は母親の食料さえ確保できたら、母乳を与えている方が、安全だ。発展途上国の救済にも、送るべきは母親の食料であり、粉ミルクではない。教育が遅れている国に1さじで20CCのミルクを作るということを教えるのは難しいし、哺乳瓶の消毒をするのは至難の業だ。

日本に住んでいると、スイッチ1つで電気が使え、水道をひねると清潔な水が出てきてあたりまえ。感謝することを忘れてしまう。

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2007年10月 8日 (月)

介護保険制度

主人の両親のホーム入所や入院に直面し、丁度1年前くらいから介護保険制度の知識を深めることになった。最初は地域包括支援センターのケアマネージャーさんから話を聞いたり、本を購入したり。特別養護老人ホームと有料老人ホームの違いなど、今まで自分たちには無縁に近かったことを、この1年でいっぱい知った。

母が一人になり、このままグループホームに入所して円満にいてくれたら、と思っていた矢先に先月から入院することになって、一時はこのまま寝たきりになってしまうのではないかと不安になるくらいだったが、おかげさまで、少しずつリハビリが進み、退院してグループホームに帰れそうになった。

入院すると家族の訪問が頻回に必要なので、遠距離はむずかしいかも、とこちらに連れてくるすべを探すべく施設病院探しをしている。グループホーム入所前もこちらの施設をそれなりに探したが、両親二人同時で、介護レベルに差があるとなると、本当にみつからなかった。

しかし、限りなく寝たきりに近くなると話は別で、介護度が高い人から優先的に施設に入所できる今の制度から考えると、リハビリして良くなるのは嬉しいけど、こちらに引き取る施設は探しにくくなる。良くなってほしいと願いつつも良くなると施設入所はむずかしくなる。また、遠距離だけに、状態が悪すぎても連れて来れない。本当に難しい。どんなに良くなっても家に一人でいられる状態にはならないので、施設入所は不可欠で、24時間見守りが必要である。今後どうしたらいいのか、毎日模索中である。

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再び紙おむつ:感動

その後新しい発見があった。

たまたま子どもがペットボトルのお茶を学校に持っていくから買って、というのでカワチ薬局に行った。最近当然のように大人の紙おむつコーナーをのぞいてしまう。品揃えや値段を無意識にチェックしてしまう。そして、発見した。土日2割引の貼紙を********思わず店員さんに、尋ねる。「あの~~、これ、どれでもですか?尿取りパッドもですか?」すると、店員さんは「ええ、そうです。大人用全部です。毎週土日は2割引ですよ。」もう、店員さんが神様に見えた。そして更に上の方に、送料無料の貼紙も発見。箱で購入すると、市外でも送料無料と書いてある。えっ?ほんと?ほんとにどこにでも運んでくれるの??今度はレジの店員さんに確認する。 「1箱から県外でもお届けしますよ。」と言ってくれる。あ~~、これで紙おむつ輸送から解放される::::カワチ薬局様様です。1箱4袋入りがほとんどのようだ。感動で涙が出そうになる。こんなことで感動する自分が悲しいが、飛び上がらんばかりに嬉しかった。早速埼玉の主人の姉に電話で報告。すると姉も確かに電話口で飛び上がって喜んでいるのがわかる。これから長期にわたる紙おむつ問題をどうしたものかと二人で悩み悩んでいただけに、この発見はビッグニュース!特に冬場は東北道を車で往復するのは辛いと思っていたので超助かります。

遠距離介護の方に是非お伝えしたい朗報でした。

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2007年9月27日 (木)

紙おむつ

主人の母が入院して安静のため、紙おむつを使うことになった。入院すると、家族が洗濯したり必要物品を届けたりしなくてはならない。東北地方の個人経営の総合病院なのだが、清拭用のバケツやタオル、バスタオルもすべて個人持ちと聞いてびっくりした。

私が以前実習したり勤務したりしていた病院では、清拭用のタオル類はすべて病院の物を使用し、リネン室にはいつも大量の清潔なタオルが待機していたのに。(20年以上前の話です)

病院に母の様子を聞こうと電話してみると、「紙おむつが足りないので、買ってきてください。」とか、「タオルや着替えが足りないので・・・」と言われ、困ってしまった。とりあえず病院から紙おむつは貸し出ししてもらい(後で買ってきたら品物で返す)タオルと着替えは特例でグループホームの人に運んでもらう事にして、しのいだ。(母は4月からグループホームに入所しているが、入所中は洗濯も食事も買い物も通院もすべてホームのスタッフがやってくれて、助かっていた。入院した途端にホームの人は一切手出しできなくなり、すべて家族の仕事になる)

とりあえず、紙おむつを買おう、と薬局に行ったがその種類と使用用途を理解するのに、店の中で30分くらい考え込んでしまった。少し漏れるのが気になる人用のパッドから、寝たきりに使用するオムツまで、色々あり、サイズと女性用、男性用がある。

子どもの紙おむつは仕事上毎日見慣れているが、大人用となると、さっぱりわからない。解説書を頼りに、色々商品をひっくり返し、ああでもない、こうでもない、と取り合えず2~3個購入した。しかし、大人の紙おむつは大きいわりに枚数が少ない。はたと考え込み、また次の日にはスーパーでも探し、値段と枚数を見比べ、中に仕込むようにできている尿取りパッドも2個購入した。

車で運ぶ日、1BOXカーの後部座席は紙おむつとパッドとタオル、洗剤、物干し道具などでいっぱいになった。幸い次女が一緒に行ってくれたので、居眠り運転もまぬがれた。大量の紙おむつは購入するのも大変だが、病室まで運ぶのも大変だった。次女と二人でそれぞれ片手に4個ずつの紙おむつ類を持ってやっとの思いで病室まで登った。たくさん持って行ったつもりだが、これで10日分位だろうか???

紙おむつは子どもに使用するときもいつも考えさせられた。毎日毎日ごみになる紙おむつ。一人の赤ちゃんがオムツが取れるまでに一体何枚の紙おむつを使い捨てるのだろうか??しかし、子どもはどんなに使っても3年もたてばオムツは取れる。しかし、老人はどうだろうか?一旦紙おむつになってしまったら、取れることはなかなか難しいだろう。そして、私は普段新生児や子ども用の紙おむつを見慣れているだけに、大人用の巨大さに驚かされた。大人が使うんだから、大きくてあたりまえなんだけど。

紙おむつを2個買うと一気に棚から何も無くなるような勢いで、1つの紙おむつが場所を取っている。しかも1袋で15~18枚、つまり、3日分位。

毎日大量のごみになるんだな::::::大変な事だな。これから高齢化社会になると、ますますだな:::

とにかく、電車では容易に運べそうもない紙おむつを今後どうするのか::ということが課題です。

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バリアフリー

最近の住宅は皆バリアフリーを意識して建てられている。

しかし、築14年の相談所アパートは当然バリアフリーではない。

そうすると、来所して歩き始めた子やちょっと大きな子でも待合室と相談室の間の2~3センチの段差で必ずつまづいてころぶ。だいたい転ぶ子の家はバリアフリー仕様である。そして、転ぶ子は必ず1回で済まず、2~3回通過するたびに転ぶ。

段差に慣れた住宅の子は通過時に慎重にうまく通過する。

だいたい、這い這いし始めた子どもの行動をよく観察していると、ちょっとした段差にも慎重に後ろ向きで降りたりするものである。ヨチヨチ歩きの子でも、立ち止まり、よいしょ、と足を大げさに持ち上げてから通過する。

ところが、最近は家の中にこのような段差が全く存在しないのである。

危険予知能力は当然ながら育たない。昔、うちの子たちがまだ小さかった頃、石油ファンヒーターを使用していたが、ヒーターの周囲に柵は付けて無かった。子どもは這い這いでもヨチヨチでも、熱いと教えると決して必要以上には近寄らなかった。何しろ温風が吹き出していると確かに熱くて近寄れないのだ。そうして、自然に熱いものを学んでいった。しかし、ある時、都内に住む友人がつかまり立ちをし始めた長女を連れて遊びに来た時に、その子がファンヒーターの吹き出し口につかまってしまい、やけどした。幸いすぐ冷やした後に里芋湿布をしたので、大事には至らなかったが、その子の家は鉄筋で電気のエアコンが壁の高いところについているだけで、ファンヒーターを知らなかったのだ。つまり、危険予知を学習する機会が無かったと言える。子どもには、危ないものを危ないと教えておいた方が安全なこともある。だから、私は台所に柵を付けて入れないようにしたり、階段に柵を付けることはしなかった。柵によじ登ろうとする事の方が危険なこともあるし、台所の危ない物を教え、階段の段差を感じさせておいた方が安全なこともあるから。子どもは階段に這って行き、段差をはかり、後ずさりして、頭から突っ込むようなことはしない。普段から部屋の微妙な段差を経験している場合は。これが、バリアフリーで小さな段差を経験していないと、どういう行動をとるのだろうか?

高齢化社会に向け、バリアフリーにリフォームするのが盛んである。しかし、歳をとると転びやすくなるから、段差を無くした方が安全なのか、それとも段差を上り下りして、筋肉を鍛えておいた方が転ばないからだになるのか、最近疑問である。

確かに、ベビーカーや車椅子にはバリアフリーは必要である。でも、歩く時に足を引きずるように歩くようになると、とても危険である。バリアフリーは引きずり歩きを助長する。

だから、あえて森光子さんのようにスクワットをしたり、踏み台昇降をしたりして下半身の筋力が衰えないように努力しなければ、バリアフリー住宅は危険である。

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